私の私の彼は 左利き
→稗田 稗田阿礼は 生き字引


古事記に即した替歌を全編にわたって作ろうと思ったけど、難しいので断念。


ホーケイのレポートが、思いの外めんどかった。
当初は自分の苦手な分野をあえて選ぶことで学習の糧にしようかと思ってたけど、何もとっかかりがなくて無理っぽかったので、ふと思いついた非嫡出子の相続分差別*1をテーマにしてみた。
で、「法律婚制度の維持を目的とする手段としての規定だ」という理解を前提に、法律外婚姻による法律婚制度への不利益を「外部不経済」と位置付けて、非嫡出子の相続分差別はその「内部化」である、と説明した上で、(1)そもそも法律外婚姻は外部不経済と言えるのか(法律婚制度の合理性=目的の正当性)、(2)親ではなく非嫡出子に不利益を課すのは「内部化」と言えるのか(手段の最低限の関連性)、(3)非嫡出子の不利益は外部不経済を上回るもので社会全体の便益をかえって減少させていないか(手段の実質的関連性または相当性?)、という枠組みでてきとーに書けば良いんじゃないかと思ったんだけども…。
困ったことに、判例は相続分の差別を、「法律婚制度の維持のための」制度としてではなく、「法律婚制度の帰結」として考えているらしくて、上記のような目的手段審査的な書きぶりがそもそも理解として不正確っぽい。
それ以上に困ったのが、実は、非嫡出子の不利益は同時に嫡出子の利益であるから、そもそも両者に差を設けたところで社会全体の便益は(一見して)減少しないのではないか、という、根本的な疑問。これを解決しようとすると「不平等それ自体が不経済(悪)である」みたいなドグマを導入することになりそうで、そういうことやっちゃうと仮性法経っぽくて、いくらなんでも保険がきかない感じ。
無理やり、「こうした差別が非嫡出子に対する差別意識の温床となり、非嫡出子の社会進出を妨げ、もって社会全体の便益を害するから不経済となる」という説明をしようかとも思ったけど、ちょっと文学的すぎるのでパス。むしろ、社会全体の富の総量には関心を持ってもあるべき分配を論じられない点が、法と経済学の内在的制約なんじゃないかと思わなくもないので、上記の問題は、もうね、意図的に無視した。
ま、どーせあれよ。正しくなくったって、所詮は法学徒のレポートであって、法と経済学のエキスパートを目指してるわけじゃないしー。どうでもいいけどエキスパートとバチスカーフって似てるよね。深く潜る感じが。
っていうか、そういう手抜きをしておきながらなお、法律婚制度の合理性を論ずる必要が出てきた挙句、そもそも法律婚制度自体の合理性すら疑わしいみたいな方向に向かっちゃって、すんごく迷走。あーいやだいやだ。
そんなわけで、書いていて予想以上に困難に直面して、愚駄々々なレポート。


某さんに教えてもらった。今日の産経新聞朝刊の1面に、こんな記事が出てたらしい。
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100128/plc1001282149019-n1.htm
たかだか学者の改説を1面トップに持ってきちゃうあたりが産経っぽいなぁと思わなくもない。
あのアプリはiPadで使いたいけど、でも所詮産経だからなぁ。1紙読めば足りるような他紙(例えば河北新報日経とか)が出してくれれば、有料であっても買うけど、産経だと、無料であっても新聞2紙読むほどの時間的余裕もないわけで、そもそも使う気にならない。
それはさておき、韓国で在外投票が可能になったことをもって立法事実の原則からいって禁止説が妥当になった、との主張はどうも違和感がある。それは「在日朝鮮人の」参政権に関する立法事実であって、これまで許容説が議論の対象としてきたのは、在日朝鮮人が念頭にあったとは言っても、より広く「外国人の」参政権についてだから。
んー、でも教授だもんなぁ。私より頭いい人が言ってることだしー(自主的白痴化)。


ところでそういえば、この日記を読んでるらしい人のblogで外国人参政権問題について丁寧にまとめてあって、普通の説のまとめに加えて、憲法15条1項の「国民」概念は憲法10条の「国民」とは別のものだという考え方もありうるとの趣旨で書かれてあったけど、その見解からは、拡張ないし変更された「国民」(@15)概念に含まれる「外国人」(@10)に選挙権が与えられていない現状は違憲であるということになる気がしたけど、それでよろしいんでしょうか。
(なお、世に言う違憲説は「外国人に」与えないことを違憲とする見解であり、上記見解は「国民に」与えないことを違憲とするから、これは「外国人」参政権についての違憲説とは全く異なる視点に立つ見解ということになるような気がする。)

*1:「差別」って言ってしまうと既に違憲っぽいのであれだけど。